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それは、曼珠沙華の花弁のようだった。
稽古を終えた午後。門人は既に帰宅し、神林宗次郎だけが残っていた。
蒸した道場内の換気をする為に戸を開けると、秋の涼風が吹き込んできた。
そして猫の額ほどの庭には、曼珠沙華の赤い花が咲いている。それを一瞥し、宗次郎は踵を返した。
(あれから十年も経つのか)
秋彼岸の頃に咲く曼珠沙華を見ると、あの日の光景を思い出す。
十年前。宗次郎が十四の時に、父・神林弥一郎が死んだ。
父は深江藩士であり、千葉派壱刀流の目録を持つ剣客だった。死ぬ五年前には、十人の賊を斬り伏せ、〔深江無双の絶剣〕と称せられたほどである。
その父は、藩主・松永久高に命じられ、要人の警護をしていた。その要人とは、久慈小忠太という、齢十五の小姓である。
小忠太は、文武に秀でた美童で、次第に久高の夜伽もするようになった。そして向けられる寵愛をいい事に、一族の者を重用せよと口利きをする他、政事にも口出しをして、久高もそれを聞き入れるという事態に陥った。
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