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序章 井戸の怪
妙に生暖かい霧が漂っている、夏の或る夜――
朔ではないが、重く垂れ込めた雲に隠されて、月は見えない。
そんな中、深川の廃寺に、少年達が十人ばかり集まっていた。
いずれも武家の子弟らしい身なりをしているが、まだ前髪の、十代前半と思しき子どもたちである。
その中でも年嵩の一人が、殊更に声をひそめるようにして、
「いいか。この先に、古井戸がある。先日、身投げをしたらしい女の死体が引き上げられたばかりなんだ。だから――きっと、ほやほやの幽霊がいるに違いないよ」
ほやほや、という言い方が可笑しかったのか、誰かが笑った。
「幽霊など、いるものか」
ぐっと胸を反らして、隼介は言ったが、その発言は完全に無視されて、
「全体、幽霊っていうのは、どの時点の姿で出るものだろう」
一人が、考え深げに言った。
「と、いうと?」
「生前の姿なのか、それとも、溺れて苦しみ死にに命を落とした時の姿なのか――どっちだろうか」
「引き上げられた時の姿なら、ぶくぶくに膨れあがっていたらしいから、とても見られたものじゃないだろうな」
八丁堀育ちは、父親のお役目柄か、子どもであっても死体の有様について、無闇に詳しい。
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