第一章 火事場の幽霊   一

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 ともあれ――  あんなことは、もう二度とまっぴらごめんである。  隼介の怖がりは、その後一段と拍車がかかった。  まったく武士にあるまじきことと己でも思うが、怖いものは怖い。  駄目なものは、駄目である。  隼介は、人に何と言われようとも、極力暗闇を避け、夜道の一人歩きを避けた。  そのような調子であるから、すらりとした長身である上に眉目は秀麗で、道を歩けば女達が振り返って見ずにはいないほどの隼介であるが、「小便たれ」の風評は、いつまで経っても消える気配が無い。  聞けば誰もが意外に思うらしいが、剣を取っては、一刀無念流の免許だ。  亡き父は、「そなたはわしのような内方の下役で終わってくれるな」と、幼少の頃より隼介に剣を学ばせた。  実入りの多い外廻り――ことに同心の花形とも言える、与力の下役につかぬ三廻りは、剣の腕が無くては話しにならぬお役目だったからだ。  しかし、父上には悪いが、これはどうにも役に立ちそうも無い……
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