第一章 火事場の幽霊   一

4/5
188人が本棚に入れています
本棚に追加
/208ページ
「木剣での打ち合いでは、なるほどたいした腕かも知れぬ。だが、あのような臆病者だ。実際、曲者に真剣を抜かれたら、たちまち臆して腰を抜かすに決まっておるわ」  などと、憎々しげに兵馬が吹聴している。  まあ、実際のところそうかも知れないと、自分でも思う。  型稽古で真剣を扱ったことはあっても、それで、本当に人と斬り合ったことなど、一度も無い。  昨今の武士など、皆そんなものに違いないが、なにしろ隼介の怖がりは、南町奉行所のみならず、八丁堀全体に響いていたから、どんなに腕が立ったところで、自分が外役に抜擢されることは、無いだろう。  それにしても、どうして兵馬が、そこまで自分を目の敵にするのか、よく分からない。  五年前の肝試しの時は、年少の自分に試合で負けた腹いせと分かる。  しかし、それ以後格好のからかいの的となって居づらくなった隼介は、八丁堀の道場をやめ、別の道場に移った。  そこで、隼介は隼介なりに、なんとかこの臆病な性癖を克服しようと、三年の間みっちり稽古に励み、腕を磨いた。  元々剣術は性に合っていたし、生来の素養も高かったかしてめきめき腕を上げ、奉行所に出仕するようになってからも稽古は怠らず、ついに、免許の印可を得るに至ったが、それとこれとは話が別なのか、怖がりのほうは一向に直らなかった。
/208ページ

最初のコメントを投稿しよう!