第一章 火事場の幽霊   一

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 とにかく、道場を移って以来、兵馬と剣を交えたことは一度も無い。  屋敷が隣同士だから頻繁に顔を合わせはするが、兵馬はいっそ見事と言うしかないくらい華麗に隼介のことを無視してのけるし、隼介の方も今では、うっかり目が合ってしまった時には黙礼をするくらいになってしまった。  十五歳から見習いに上がり、二年遅れて隼介が見習いに上がった頃には早くも本勤並に昇格していた兵馬は、父親が健在だから未だに本勤並ではあるが、様々な廻り方の見習いに付いて経験を積まされているのは将来を嘱望されているからに相違なく、末は間違いなく父の後を継いで腕利きの定町廻りになるだろうと噂されているのだ。  今更、自分ごときが何だというのだろう。  化け物嫌いの臆病者であったところで、内方のお役目には、何の差し障りもなく、大過なく日々お役目をこなしている。  勤務態度はしごく真面目で、人当たりも良く頭も悪いほうでは無いから、それなりに仕事ぶりは認められている……と、思う。  それでも、小便たれの腰抜けと言われ続けている限り、良くていずれ父と同じ例繰り方にでもなって、そのまま平々凡々とした生涯を終えるのが関の山だ。  隼介としては、できれば、早いところそうなりたいと願っている。  なんとなれば、当番方は、当直があるからだ――
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