二

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 それはさておき――  その日は朝から風が強く、いつどこで火が出てもおかしくは無く、夏場とは言え、火が出れば燃え広がるのが目に見えているような空模様だったから、当番方筆頭与力の海野十五郎から、 「十分心して相務めるように――」  と、申し渡された。  もっとも、海野与力はその日の当直の当番では無く、偉そうに訓示を垂れ終えると帰って行った。 「余計なことを言わないで欲しいな」  今日が当番の、まだ若い当番方与力の小山慎太郎が、鼻の頭にしわを寄せるようにして言った。 「あの人が、ああいうことを言うと、本当に何か起こるんだから――」  それは、言い掛かりというものだろう。  海野は、いちいち細かいことに気を配り、下の者に注意を与えるのが自身のつとめと心得ている男だから、いささか口うるさい上役だが、彼が何かを言って実際その通りにことが起こったとすれば、それはまさに的を射た忠告だったと言うべきところで、別に彼が何かを引き起こしているわけではない。  事実、このところ火事が頻発していた。  風の強い日を狙った付け火との噂もあり、火付盗賊改方も血眼になって動いているようだが、はかばかしくはないらしい。  したがって、今日のような空模様ならば、何を言われなくとも、気を引き締めてかからなければならない。
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