二

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 果たして、夜五つ過ぎ――  ジャンジャンと半鐘が鳴って、奉行所内は騒然となった。 「ほら。案の上だ!」  小山与力は、舌打ちをして、また鼻の頭にしわを寄せながら文句を言ったが、奉行所付きの小者がばたばたと駆け込んで来るや、気を取り直したように、 「火元はどこか」 「へえ、芝口の質屋、和泉屋でございます」 「――近いな。広がりそうか?」 「いえ、今のところ、さほどのことは。もはや、め組が駆け付け、消し口を取っておりますとか」 「それを先に言え。早う、馬を――!」  言った時には既に、火事装束姿も凜々しく、さっきまではげんなりとしていた顔つきも引き締まっている。  隼介も、他の同心達も、慌ただしく出役の支度を調え終えていた。  大火ともなれば、奉行自らが出役するが、よほどのことが無い限り、夜中の火事なら、まずは当直の当番方の与力が、配下の同心小者を引き連れての出役となる。  与力は現場で火勢を見て小者を走らせ、逐次奉行所へ状況を報告し、増援を要請したり、万一必要があれば奉行の出馬を促したりもするが、実際に判断し陣容を組むのは、奉行所の上つ方だ。  隼介達同心は、火消し同士の消し口争いを諫め、火事場泥棒を警戒し、野次馬を取り鎮め、避難民の安全を確保するのがつとめだ。付け火の疑いがあるのだから、野次馬の中に怪しげな者がいないかどうかにも、目を光らせなければならないだろう。
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