四

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「おや、まあ、坊ちゃん。もうお目覚めでしたか」  声を聞きつけて、女中のおしづがやってきた。  既に日は高く昇っていたが、当直の翌日は明け休で、しかも昨日は出役があったと分かっているから、隼介が目覚めるまで声をかけなかったものだろう。 「坊ちゃん、じゃあないよ。旦那様だろう? 何度言ったら分かるんだ」  女中とは言ってもおしづは、僅か三歳で母を亡くした隼介にとっては、母にも等しい人で、それゆえ隼介も甘ったれて、かえってぞんざいな口をきくが、おしづのほうも、 「たとえご家督をお継ぎになろうが、おいくつになろうが、あたしにとっちゃあ坊ちゃんは坊ちゃんでございます。第一、ご出役の途中で気ぃ失って担ぎ込まれるなんざ、とてもじゃないが一人前とは言えませんでございますよ」  と、容赦が無い。  全くその通りで、たちまち隼介は、青菜に塩で萎れかえり、 「おしづぅ、どうしよう。今度という今度は、御番所(奉行所)を首になるかも」  涙目になって泣きついた。 「心配いりませんよ。たといどんなことになったって、坊ちゃんの一人や二人、このおしづが身を売ってでも、食わして差し上げますからね」 「……お前が、身売りを、ねえ……」  おしづは、とうに三十年増である上に、顔中にあばたがあって、おまけにひどい斜視だったから、どう贔屓目に見たとしても、やはり醜女(しこめ)の部類に入るのだろう。  兵馬をはじめとした口の悪い者どもは、「化け物嫌いの桜庭の家に、あんな化け物じみた女がいるのは不思議だ」などと心無いことを言ったが、そんな時、隼介は全力で怒り、たとえ相手が何人いようが、立ち向かったものだった。
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