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Arc de triomphe de l'Étoile ・・・凱旋門・・・
最初に透が感じたのは、頭の隅を針の先でそっとつつかれたような、かすかな痛みだった。
まだ眠りの海は透の意識を懐に抱きこんで昏く静謐な深さまで沈めている。
かすかな痛みが間隔をあけて続いた。
・・・・ツキ・・・・・・・・ツキ・・・・・・・・ツキ・・・・
それを感じるたびに透の意識は眠りの海底から浮かび上がってくる。
・・・・ツキ・・・・・・・・ツキ・・・・・・・・ツキ・・・・
頭が痛い、と気づいた途端に頭を撫でられた。
指先が静かに触れる動きで賢吾だとわかる。
彼は許されるであろう時はいつも透に触れようとする。
透が手の届く位置にいることを実感できて安心するのかもしれなかった。
2月に短くした透の髪は半年以上が過ぎた今、元の長さに戻っている。
やさしく梳かれていると少しだけ痛みが遠のき、透の意識はふたたび眠りの海に沈もうとする。
その緩慢な心地よい落下を小さな痛みが妨げる。
・・・・ツキ・・・・・・・・ツキ・・・・・・・・ツキ・・・・
繰り返される痛みによって、透の意識は急速に海上へと浮上する。
白いシーツの波の上で目を覚ます。
賢吾と目が合う。
さっきまで沈んでいた深海の世界にも似た漆黒の瞳―
「おはよう、透」
囁くようなあいさつに、透はほんの少しだけうなずくことで返事をする。
「もう少し寝る?」
夢うつつの表情で賢吾を見つめ続ける透の髪を賢吾の長い指がやさしく梳く。
透は少しだけ目を閉じるが、長くは続かない。
痛みに邪魔されてまた瞼をあげる。
痛みのことを賢吾に伝えようと思うのに、うまく口が動かない。
視線の先の賢吾がふっと微笑い、寝起きでも端正な顔を近づけてくる。
透の前髪をかき上げて額にキスをし、こめかみにキスをし、目元にキスをし、最後に唇を重ねる。
唇の隙間から忍び込んできた舌先が、まだ覚醒していない透の舌をからめ取った。
そのあたたかなやわらかさといつくしむような愛撫は純粋な気持ちよさをもたらし、小さな痛みが遠のいていく。
髪を梳いていた賢吾の指が耳元へと移動し、耳殻をなぞりはじめてすぐ透の意識が一気に覚醒する。
舐め合う舌先や耳元から快感の泡が生まれ、
「・・・・ん・・・・」
それと同時に痛みも戻ってくる。
・・・・ツキ・・・・ツキ・・・・ツキ・・・・
その間隔を徐々に早く、
・・・・ツキ・・・・ヅキ、ズキ、ズキ・・・・
痛みも強くなっていく。
「・・・・透・・・・」
キスの合間に賢吾が囁く。
唇がほんのわずかに離れた隙を透は逃さなかった。
「頭が痛い」
発した透が驚くほどクリアな声を聞いた賢吾は動きを止め、動揺を隠せない漆黒の瞳で真正面から透を見つめる。
「・・・・そ、れは、文字通り頭痛がするってこと?それともオレに呆れたことの比喩?」
透は賢吾の言葉の意味を一通り考えて、力なく笑った。
「頭がガンガンする」
もはやズキズキのレベルを超えていた。
頭の中に埋め込まれた銅製の鐘を木槌で叩かれている気さえして、透は顔をしかめる。
「大丈夫? 風邪かな? グレゴリーに連絡しようか?」
サイドテーブルのスマホを持つ賢吾を止める。
「時差ボケ・・・・だと思う。朝食を食べて、薬を飲みたい」
心配そうにのぞき込んでくる賢吾がしょぼくれた犬のように見えて、透は彼の手を取り、指にキスをする。
「頭を ・・・・ 撫でてくれないか」
賢吾は頷き、透の頭を慎重な手つきで撫でる。
痛みが早く引くように祈りながら。
透は目を閉じて、グレゴリーに電話をする賢吾の落ち着いた声を聞いていた。
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