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La tour Eiffel ・・・エッフェル塔・・・
静かに走る車の後部座席で、賢吾は大きなあくびをする。
音がする場所では熟睡できない性質だから、エンジン音が低く唸り続けている飛行機では、たとえ専用の耳栓を装着していてもほとんど眠れなかったのだ。
フランス映画で馴染みのあるパリの街をぼんやりと眺める。
窓で区切られているぶん、いっそうスクリーンに映し出された映像のように見えて現実感が乏しい。
眠気を追いやるように何度かまばたきをしてから、隣を見てひっそりと微笑んだ。
彼の最愛のパートナーは端正な顔をやや窓側に向けて、いつも通りのクールな表情を浮かべていた。
じっと見つめている賢吾に気づかないのは、彼の意識が窓の外に集中していることを意味している。
その証拠に、チョコレート色の瞳をパリの街並みがクリーム色の光となって次々と通り過ぎていった。
きらめく瞳の奥に潜んでいるのはおそらく、好奇心、緊張、期待と高揚―それらは、いつもとはほんの少し違う雰囲気を透に与えていた。
賢吾にとっては初めて見るパリよりも、初めて見る透の方が何倍も貴重なのだ。
賢吾は窓の外に目をやる。
現実味を取り戻したパリの街並みはずいぶん魅力的に見え、賢吾の胸の内にもようやく好奇心や期待が芽生えはじめた。
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