『When it was hot』

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物騒な今日だ、爆弾でも仕掛けてあるんじゃないだろうな? 手に持った重量からおおよそその可能性はないと分かっていても、怪しい封筒なので余計な詮索を入れる佐伯。とりあえず封を開けてみる。中には二つ折りの便箋が一枚入っていた。何の変哲もないまっさらな手紙。奇妙な期待感を裏切られ、多少拍子抜けしながら佐伯はその手紙を覗いてみる。 【今夜十二時、『アダージョ』で待つ   阿久津 秀彦】 ただそれだけが手紙には記されていた。 「アダージョ、阿久津……」 手紙に書かれている二つのキーワード。佐伯の錆び付いていた記憶の扉が軋み始めた。直感や閃きではない。ゆっくりと徐々に佐伯は追憶する。無理をせず過去を掘り起こす。 アダージョとは学生時代に足繁く通っていた深夜喫茶の店名。そして、阿久津秀彦という名。それはアダージョに共に入り浸っていた学生時代の友人の名前であり、 「殺しの犯人(ホシ)」 無意識に佐伯は呟いた。さらに佐伯は心の中で自問自答する。 奴か? あの阿久津秀彦なのか? 一瞬、佐伯の頭は乱れた。だが、倒れるように再びイスに腰を掛け、しばらくすると本来の意識を取り戻した。 「阿久津秀彦(あくつひでひこ)」 頼りない握力で佐伯は手紙を握り締める。そして、焦点の合っていない佐伯の目線は、どうしてかホワイト・ボードに貼られた、契約社員のスケジュール・カレンダーに向いていた。                       *  結局、佐伯が会社を出たのは十時半を回った頃だった。     
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