『When it was hot』

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もはや飲み屋に寄るつもりはない。このまま帰宅すればいい。反芻するようにそれは幾度も頭に浮かんだ。一方で割り切れない自分がいる。十二時にアダージョで待つという言葉に拘っている。ただその時刻までは何も考えずにいたかった。その時が来るまでには何らかの答えが出ているはずだ、と博打的な予感を走らせる。佐伯に巡る奇妙な心理。 『だが、無理らしい』 あの手紙。赤の他人のイタズラとしては考えにくい。それ以前にこのような悪ふざけを、何者かが仕掛けること自体ありえない。おそらく阿久津本人からの手紙であろう。釈然としないのは、今になってどうしてこのような手紙を阿久津が寄越したのか、だ。何を考え、何を求めているのか。あまりにも予兆がなく、唐突すぎる。幾ら頭の中を探っても、きっかけになるような出来事が思い当たらない。 『三十年以上前ならまだしも、どうして今頃』 無聊に歩く佐伯の横を、老若男女のカップルが通り過ぎる。佐伯は辺りを見回した。周囲にはネオンに彩られたラブホテルの看板がひしめいている。 『ラブホ街に入ったか』  佐伯は特に気に懸ける事もなく、鞄を小脇に抱えて歩き続けた。安価ないし高価にしろ、数多のブティック・ホテルが混在するこの通りでは、幅広い年齢層の男女が腕を組み闊歩している。あの若い二人は二,三回目のデートで初のホテルなのだろうか。あの年の差カップルは上司と部下の不倫の仲なのか。一人で歩いている中年男性はデリヘル嬢でも待っているのか。佐伯は勝手に想像を膨らませる。気分を紛れさせる意味でも。     
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