『When it was hot』

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大通りからだいぶ離れた細いわき道を通過。やがて人気のない公園を佐伯は横切ると、ダンボールで作られた家屋がその公園の中に連なっている光景が目に映った。街の浄化運動の一端で、ホームレスの強制退去にも精を出していた役所であったが、この辺りまではまだ行政の取り締まりは厳しくなっていないのか。佐伯は公園のベンチで寝そべっている、ダンボールの住人であろう人影を一瞥すると、そう推し量ってみた。 『確かにこの辺は穴場といえば穴場だしな』 華やかな街からややドロップ・アウトした場所にあること。それでいて新宿のキッチュな殷賑は残っている。電話ボックスにいたずらに貼られた風俗チラシにしろ、モルタル壁もたくましい寂れたラーメン屋にしろ、どういう理由か深夜のこの時間まで営業している床屋にしろ。外連味(けれんみ)たっぷりにして、怪しい嗜好を刺激する雑多な街。それをまだこの閑散とした通りはグレーゾーンとしてコミットしている。この微妙なポジションにある深夜喫茶に、学生時代当時、佐伯浩司は醍醐味を感じていた。歌舞伎町やゴールデン街などのメインからやや離れることに、何処かツウというかイキというか、つまり街歩きの玄人を気取っていた、ということ。佐伯はそんな甘酸っぱい追懐に触れてみた。 中央の賑わいから画した立地にある深夜喫茶・アダージョ。     
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