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   取引先から受けていた電話を切った直後に後ろに立っていた社長が大きな声で「声が暗いんだよなあ、何かもっと明るく高い声で受け答えできないかなあ」と言った。  私はびっくりしてすみませんと頭を下げた。前の会社で声が暗いなんて言われたことはなかった。その後ずっと電話が鳴らないことだけを祈りながら私はパソコンに向かった。部屋には八十年代のアイドルの曲が流れていて、伊代はまだ十六だから~と鼻にかかった声が耳に残った。  一ヶ月前に入社したこの会社は代々木駅から十分ほど歩いたところにある。四十代半ばの社長が五年前に起業した会社で、化粧品を製造しウェブ上で販売している。社員は私を含めて3人。  一年前、大学卒業からずっと秘書として勤めていた外資系企業が買収され、それに伴う人員整理のリストラが行われた。対象となった私はすぐに転職活動を始めたけれど、三十五を過ぎていたことや秘書とは名ばかりの小間使いのような仕事しかしていなかったこともあって仕事は決まらなかった。わずかな貯金と失業保険で食いつなぎ、時々短期のアルバイトをして一年が過ぎた頃、やっと決まったのがこの会社だった。    古いマンションの一室をオフィスとして使っているこの会社は、リビングに小さな五つのデスクを並べて皆が仕事をしている。お誕生日席のような向きに置かれた少し離れた席が社長の机。残り四つのうち一つは受発注専用パソコンのデスクになっている。六畳の会議室、四畳の物置スペース、風呂場、トイレ、台所というつくりだ。  私はその台所でみんなの机を拭くための布巾を絞る。
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