先生は語る

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「美しい桜の木の下には死体が埋まっていると言いますよね?」  先生に私はそう質問した。私の通っている公立高校には中庭に大きな桜の木が咲いている。  桜の木は美しく、その鮮やかな色は私の知っているどの桜よりも鮮烈で目に焼き付く。他の桜よりも一回り大きいそれはこの学校の名物にもなっている。 「あの桜にも、死体が埋まっているんでしょうか?」  先生に私はそう尋ねると、いつものように読んでいた本に栞を挟んで閉じて私に身体を向ける。  彼女は不思議な先生だった。  文学部の顧問をしているが、やる気がないせいで部活内には幽霊部員ばかり。私も本を読む場所にちょうどいいから所属している程度。  しかし、構ってくる生徒には何だかんだと答えてくれて知識も深い。何処から仕入れてくるのだろうと思うような話もしてくれる。多くの生徒から変わり者と言われるが私は好きな先生だった。 「そうねぇ」  いつものように、人差し指で自分の耳を撫でる。先生が質問に答える時の癖だ。  美しい先生だ。コロコロ表情の変わる子供っぽさに対して、先生の所作は老人のように緩慢で疲れた雰囲気をしている。そのチグハグさが不思議な空気を生み出している。 「あの桜の下に、死体は埋まってないのよね。昔掘り返してみたんだけども」 「え? 掘り返したんですか?」 「ええ。私も同じようなことを思って」  ニコリと笑みを浮かべる。やはり変な先生だが面白い。 「結局何もなかったわ。でも、その後調べたら少し面白い話があったの」 「面白い話……ですか?」 「ええ。あの桜にまつわる噂話」  いつもの笑顔。  悪戯げな、それでいてまるでそれを見てきた事実のように信じている先生の顔。  この時間はいつもの楽しみな時間で、だから私は足繁くこの文芸部の部室に顔を出して先生と話をしているのかもしれない。 「――あの桜には、恋が埋まっている」
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