1 . ユネク

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 不意に、そういえばあの日もこんな風に雨が降っていたのではなかったかと思い出して、カイはほんの少しだけ呼吸を詰めた。  六年前、十歳の頃にこの町へやってきたあの日にも、イスには雨が降っていた。ノアからユネクへ運ばれた時に見た雨は、果たしてこんな風に見えていたのだろうかと、カイはぼんやりと考える。紺碧の瞳はゆっくりと瞬いて、それからその両眼でイスの光を仰いだ。あの時と同じように美しく清らかな筈の光は、今のカイには、どうしたって頼りなく虚ろなものに思えてしまう。  再びぼんやりとしてしまったカイに、困ったやつだなとハクは小さく笑う。左手の指先でつんとカイを突き、作戦通り視線が自分へと戻ってきたのなら、ちょいちょいと下を指差して小首を傾げた。「隣、いいか?」の合図。もちろんだと慌てて頷くカイに、ハクは再びくつくつと喉を鳴らして楽しげに笑った。  ハクは、自分が美しいことを自覚している。けれどそれが何だというように、ハクは自分の情動に素直であり、自分の価値観に素直であった。彼は周囲からの視線を気にすることも、誰かの評価を気にすることも無い。ハクは人間が好きだといい、よく手を繋いだりキスをしたりする。そうした現場を時折見かけるたびに、カイは胸の奥がざわついてドキリと目を逸らしてしまうのだけれど、その理由は、きっとハクが何も恐れていないように見えるからなのだということもカイはよくわかっていた。  カイには、ハクのように奔放に、自分の思うがままに誰かと接するということは出来やしなかった。そんな風に自分に素直に奔放に生きるということは、カイにとってはとても恐ろしいことのように、思えてしまうのだ。  ハクは何も恐れない。ハクの容姿は、そうやっていろいろなことを奔放に楽しむのにうってつけなのだろうとカイは思う。  イスの民は、それぞれに自分の性質に合った役目を与えられているという。もしも、ハクの奔放な性格すらもゼットによって組み込まれたものなのだとすれば、ハクは一体どんな役目を与えられているのだろうかとカイは考えていた。  もしも本当にそこに理由があるのなら、ハクがあんなに美しく奔放なその意味は一体何なのだろう。ぐるぐると渦を巻くように続いていくカイの思考を優しく途絶えさせるのは、不意に紡がれたハクの声だ。 「カイ、何考えてる?」
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