1 . ユネク

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1 . ユネク

 雨が音を吸い込んで、風に乗って広がり降り注ぐ。やわらかな一日に、指を絡めた男女は見つめ合い、そっと唇を重ね合わせた。それは細やかな雨粒のように穏やかで、或いは小鳥が囀るような繊細な口づけだ。白い外壁の家の中は、ふわりとした甘い灯りに照らされている。  とろけるような光の中、未だ若い二人はくすぐったそうに微笑み合った。 「私、あなたの髪が一番好き」  淡い茶色の髪を揺らして、女が言った。白く細い指先で、男の髪を梳くようにゆっくりと撫でていく。  女の細い指先から落ちていく男の髪は夜の色をして、確かに美しい。室内の灯りを遮るように零れていくそれが、女にはこの世界で最上のものにさえ見えた。芯を持つ深い色は何度梳いても光に透けず、己の色を保ったままで流れ落ちていく。強い色は、この世界にもこの室内にも不釣り合いな気がするというのに、奇妙に溶け合うその色に魅了され、女は飽きもせず、何度も何度も男の髪を梳いた。 「……あなた以外にも居るのかしら、こんなに素敵な色を持った人」  恍惚の眼差しに蕩けた唇で、女がぽつりと言葉を零す。男は淡く微笑んで、ちらと女を見た。 「もしも居たら、君はそっちと一緒に過ごすのかい?」  男の声は、まだ男性になる手前の頃だ。色香漂う女の声に比べれば随分と幼く、無邪気に、その声の主は空気を揺らす。 「馬鹿ね。そんなわけないじゃない」  拗ねたような女の声音に、男は笑う。啄むようなキスをして、それから。 「君がそう答えるってこと、俺はちゃんと知ってたよ。この町に来るずっと前――ゼットに命を与えられて、あの美しいノアの街に居た頃からずっと」  男の声は緩やかに、不思議な響きを伴って室内に溶けた。  この町に来る前のことを、二人は知らないけれど知っている。イスの民全員が平等に中央区ノアで過ごす十年間。その後適性を反映させて各ブロックへと振り分けられていくこの世の理。だからこそ、この場所で今出逢えていることは既に運命と呼ぶに相応しかった。この世はやさしい奇跡に満ちている。そんな確信を胸に、男はそっと眦を落とし、女のやわらかな髪を撫でて抱き寄せる。  十一年目からその先を、人々は自分にとって最適の環境で暮らし生きていく。白い光に包まれて、ゼットの恩恵に守られて、イスの民は皆心穏やかに生きるのだ。
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