66人が本棚に入れています
本棚に追加
***
細い雨が落ちてくる空を紺碧の瞳で仰ぎ、カイはぼんやりと佇んでいた。雨が降り出してから今日で三日目。薄明るい空から落ちる雨粒を、カイはじっとただ見つめている。
ユネクの中で一番高い建物の屋上は、カイが知っている「世界で一番空に近い場所」だった。薄い曇天を写し取ったような銀鼠の髪は、柔らかな雨の景色によく馴染んで消えそうに揺れている。
この世界では、雨に濡れないようにすることは簡単だけれど、カイは敢えて濡れてしまうことが好きだった。たとえ人工的に造られた自然でも、自分の体で感じた瞬間にそれは『本物』になるような気がするとカイは思った。もちろん、『本物』の自然なんて一度も見たことは無い。結局は『本物』なんて存在しないということも、同時にこの世のすべてが『本物』であるということにも、カイはなんとなく気がついている。だからこそ、この雨にもできる限り触れていたいと思うのだと、ぼんやりと思う。
きっとこの世界に存在する誰しもにとって、自分が見ている世界だけが真実であり『本物』で、だからこそ人間は永遠に孤独なんだろうと、カイは思っていた。果たしてそれが寂しいことなのか、あるいは仕方のないことなのかは、まだ分からないけれど。
しっとりと張り付く前髪から覗くカイの瞳は、穏やかな青空の色をしている。しかし、その紺碧も今はただ鉛色の空を瞬きもせずに映し出していた。
イスの雨は、いつも穏やかだ。
カイが知っている『一番高い場所』であるこの屋上から見ても、町を囲む白い壁は高く聳えて静かに佇んでいる。町の中にある自然と、白と、緋色の煉瓦の色合いは何とも美しいけれど、カイはこのブロックのことがなんとなく苦手だった。否、もっと正確に言うのなら、カイはこの国自体が苦手なのかもしれなかった。
カイには、白に区切られた空が何かを諭し宥めるような、そんな不気味な顔をしているように思えてならないことがある。
はぁ、とため息を吐いて、カイは足下へ視線を落とした。
最初のコメントを投稿しよう!