1 . ユネク

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 こんな風に静かに雨が降るときは、カイは理由もなく消えてしまいたくなるのだった。なんとなく居心地が悪いような気がして、思考がぼやけ、誰かの側に居ることが急に息苦しく感じられるのだ。それはノアに居た頃から変わらず、十六年間ずっと、カイは雨の日の殆どをこうやって空に近い場所で過ごしていた。  空から落ちてくる細く頼りない雫は、いつ途絶えるとも知れず町に降り注ぐ。空は鼠色の薄い雲を浮かべながらも、白く淡い光は絶えることなくユネクを照らす。その優しく曖昧な景色に背中を摩られるような心地がして、何だかその清廉すぎる生暖かさに、カイの心はもやもやと厚みを増していく。こんな風に心が滲むことは何度もあったけれど、その靄の正体が一体何なのかは、カイには理解できないままだった。柔らかな曇天を仰いでいた瞳は次第に下がり、いつの間にか、足元に落ちてくる雫を眺めるようになる。カイは立ち尽くしたまま、ぼんやりと時間を過ごしていた。 「また考えごとしてるのか?」  突然降ってきたその声に、カイの青い瞳がはっと光を宿す。持ち上げた紺碧に最初に映るのは、イスの静かな光と、その柔い逆光に隠れて覗き込むようにカイを窺うハクだった。カイの眼前でひらひらと手を振って、ハクは愛想良く双眸を緩める。 「やっとこっち見たな」 「……ごめん、ぼんやりしてた」
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