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 狐の話を聞いてからそう間を置かずして、奴らは初めて風呂を焚いた。  まあなんと、狐の火おこしの下手なこと。危なっかしいことこの上ない。  マッチを何本無駄にするつもりだ?  薪はそんなにいらねえぞ。折角熾した火を消したいのか?  おい、狸の小僧! 竈の中を引っ掻き回すんじゃねえ! 飛んだ火の粉で痛え目に遭いてえのか?  狸の嬢ちゃん、ぼっとしてねえでそろそろ湯加減を見に行きな。  そんで、風呂場に入ったら入ったで、まあ好き勝手やりやがる。  小僧! 灰だらけのまんま、いきなり湯船に入る奴があるか! まずは、体を洗いやがれ。  狐の嬢ちゃん、熱いあついと文句を言うだけじゃあ、熱は下がらねえ。水で薄めてやんな。  ああ、こいつらときたら、本当に獣臭えし、湯船も床も、そこいらじゅう毛だらけじゃねえか。  いいか、臭いが早う落ちるよう、儂の湯で体の隅々までよう洗え。  肩までしっかり湯に浸かり、体の芯まで温まれ。  どいつもこいつも、手がかかって仕方ねえ。  皆こぞって、湯船に入る時ゃおっかなびっくりだったのに、暫く湯に浸かりゃあ、蕩けんばかりに表情を緩め、気持ちよさそうにしてやがる。  まったく、いい眺めじゃあねえか。  どうだ、儂の湯は日の本一だろうが!  天井から冷たい雫が落ちてくる。  ポタポタポタリ、ピチョンピチョン。 「父ちゃん! 風呂の中なのに雨が降ってるぜ」 「違うわよ。天井に付いた雫が落ちてんのよ」 「なんだか、お風呂が泣いているみたいねえ。なにか悲しいのかなあ? それとも、どっか痛い?」  狐狸の子らは天井を指さして大騒ぎ。  子らが動けば、バシャンバシャンと湯が波立ち、ほらほら、と狐の家主が声を上げる。 「お前達、はしゃいでないで静かになさい。折角の湯が溢れてしまうよ」 「あら? でも皆して顔が赤いわ。そろそろ上がりましょうか。いい? 肩まで浸かって十数えるのよ。そーれっ」  狸の女房の号令で、皆が口を揃えて数え出した。  いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお、ろーく、しーち、はーち、きゅーう、じゅうっ!  ザバーンと一家揃って立ち上がれば、派手にできた大波やら水飛沫やらで辺り一面ビッショビショ。  熱い体を冷やすのにぬるま湯を掛け合ってから、子らは押し合いへし合い、脱衣所へと向かう。  その後を狐の家主が追い、残された狸の女房が風呂場の掃除を始めた。 「お風呂の神様、久方ぶりのお務め、お疲れ様でした。本当に、気持ちのいいお湯でした。ありがとうございます。  これからも私達家族のこと、どうぞよろしくお願い致します」  風呂に付いた汚れや抜け毛を、丁寧に隅々まで洗い落としながら、狸の女房は儂を労る。  ナリはまったく違うのだけれど、かつて風呂上がりに掃除をして儂を労ってくれた嫁御と、今こうして儂を洗っている狸の女房の笑顔は、そっくり優しいものだった。  ああ、本当に。  ああ、なんという。  一度は風呂場としての生を諦め掛けていたというのに、また、こんな日が来るとはな。  今の家族は、ちと風変わりだ。  竈を焚くにも大騒ぎ。獣臭いわ、毛だらけだわで、どうなることかと思うたが、どうやら余計な心配だった。  こやつらは実にいい顔をして、前の家族に負けないくらい気持ちよさそうに、そして、実に楽しげに風呂に入る。  労ってもくれるし、後は毎日風呂に入ってくれれば、もう他に言うことはない。  狐狸の一家よ、お前たちのこと、よく知りもしないのに、毛嫌いしてすまなんだ。  儂は間違っておったよ。  風呂に入るのに、人も獣も関係ない。  儂を必要とし、心から気持ちよく風呂で過ごしてくれたなら、それこそが儂の――風呂場の幸せだ。  かつて儂を愛してくれた、この家の主達よ。  そして、私を気に入ってくれたであろう、この家の新しい主よ。  儂の風呂に入ってくれて、儂の湯を褒めてくれて、本当にありがとうよ。  儂は……儂は本当に、日の本一に幸せな風呂場だ。
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