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◆◇◆◇
それは櫛の歯が欠けていくようだった。
儂が見守っていた家族が、ポツポツポツといなくなる。
爺様が突然彼岸へ旅立ってからというもの、坊主共は次々と巣立ち、婆様は曾孫を見ることなく爺様の後を追って行っちまった。
家には旦那と嫁御だけ。
ふたりがどんなに老いても、坊主共は誰ひとり帰っちゃこない。皆、都会に住み着いたのだ。
――ここは若いのには、ちいと不便だからな。
旦那はよしみを通じる近所の古書店の店主殿にそう呟き、寂しげに煙管を吸う。
昔は巌のように立派な体躯だった旦那も、数年前の病気を機にすっかり細くなり、風呂も一人で気軽には入れなくなった。
それでも、まだ良かったんだ。
嫁御の介助で儂の湯を浴びると、実に気持ち良さそうにしてくれたから。
だが、それも長くは続かぬ。
旦那もとうとう旅立っちまった。
儂の湯に浸かれなくなってから、それはもうあっという間のことだ。
最後に家に残った嫁御は、風邪を拗らせて肺炎になり、そのまま……。
それきり、家には誰もいなくなった。
儂は家諸共、置いていかれた……いいや、捨てられたのだ。
人のいない家はあっという間に廃れ、朽ちるのも早い。
儂がいる風呂場など、特に荒れようが酷かった。
換気扇と窓の隙間から土埃が入り、湯船も床も真っ白。
壁のタイルはとうに落ち、モルタルの壁はヒビ入る始末。
窓枠のカビはいつからあるか。
人の居ぬ家は、なんと虚しい。
家の寿命は、家族との離別の時に尽きたのだ。
この家の死骸は人のそれと同じ。廃れ、朽ち、崩れていく。
悲しい。哀しい。なんとかなしい。
最後に人が儂の湯船に入ったのはいつだったろう。
あの湯は、悲しみに満ちていた。
最後の風呂は、嫁御が逝ったすぐ後だ。
嫁御の通夜葬式を行うのに、坊主共が一度だけこの家に泊まった。
――このご時世に釜焚きの五右衛門風呂なんて、ウチぐらいのもんだ。古臭くてかなわんよ。
――イチイチ火を熾さなきゃならんから面倒で、使い勝手が悪いんだよな。
坊主の誰もが、散々愚痴を零す。
――けど、親父もおふくろも祖父さんも祖母さんも、家の風呂が一番だ、と豪語していたっけ。
確かに、不思議と気持ちいいんだよな。
そう呟いて、寂しく笑うのだ。
それなら、お前ら、今までどうして儂の風呂に入りに帰ってくれなんだ。
坊主共の家族も入ったが、皆が皆、湯船の中で涙を流し、湯をほんの少し塩辛くさせていく。
誰もが湯に滲ませる疲れは重く濃いもので、酷く抹香臭かった。
それが、最後。
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