血桜

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梶井先生の物語では、主人公の男がその歌を参考に、或る春の夜、酔狂の末、桜の樹の下で考え込むんだ。 『あの和歌が本当なら。果たして、この桜の樹の下にも、冬の空が広がっているんじゃないか?』ってね? 春の陽気も手伝ってか、そんなお伽な思考がフワリと定着した男は、桜の樹の下を夢中になって掘り進める訳。そして遂には、本当に、桜の下に冬の空を発見するっていう。 しかし酷くも、男はそのまま冬の空へと急落下。大地にべチャリと体が弾け、積もった雪に色付く血飛沫、まるで満開の桜のよう。 ってな具合で、最後は醜悪美的な描写で終わるんだけどさ? あ御免、少々グロテスクだったかな。つまりはこういう話なんだよ、梶井基次郎ってのは。」 「へぇ、ちょっとSFっていうか。思ってた感じと違ったな。」 彼女は驚きながらも、慎ましく笑った。それがまた控えめな蕾のようでいじらしく、僕はつい彼女の頬に手を触れた。 「この作品の中で、僕は好きな台詞があってさ。地面を掘りながら、すっかり酔ってロマンチスト思考になった男が独り言ちるんだ。 『桜はきっとね、下の世界に好きな人がいるんだよ。人っていうのもおかしいけどさ。だから、桜が散るのは、好きな人を惹きつけたいから。決して悲しいことじゃない。』 酔ってるからか、内容はまぁフワッとしてるんだけど。 『桜が散るのは、好きな人を惹きつけたいから。決して悲しいことじゃない。』 って所が抜群に好き。」 「なんだか私、その本読んでみたくなったわ。良かったら貸してくれる?」 「あ御免。今の話、全部嘘ね?」 「え?」 「いやだから、嘘。」 「どういうこと?」 「梶井基次郎『桜の樹の下には』って短編はあるんだけど、内容は全部嘘。」 「え?」 「え?」 「なんでそんな嘘つくの?」 「そりゃなんでって君、桜が散るのと同じ理由さ。」 そう言って僕は、彼女の頬にキスをした。 ※ その刹那、いい加減気障が過ぎた男は爆破した。 彼女の体に色付く血飛沫、まるで満開の桜のよう。
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