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都会に住んでいた僕が、山に囲まれた村に引っ越してきたのは17歳の春だった。
母さんの運転する車から降り、初めてこの地に足を付けて大きく息を吸った時、とても清らかで、混じり気のない空気が鼻から胸へとすっと入ってきたのを覚えている。
それでも母さんの目はずっと曇ったままだった。
無理もない。
僕らはここまで逃げてきたのだ。
逃げて、逃げて、逃げて、逃げて。
それでも追い掛けられて。
もう疲れ切って、何処にも行き場が無く、最後に辿り着いたのがここだったーー
僕の父さんは組長と呼ばれていた。
母さんは組長の嫁であり、僕は組長の息子である。
それでも僕らは父さんの仕事と関わったことはなかった。
ただ家で待ち、普通の暮らしをし、たまに帰ってきた父さんが暴れて母さんに手をあげるのを見ながら、いつかこの場所から連れ出してやりたいなんて考えたこともあった。
いつか二人で暮らせたら。
そんな風に思っていたのだ。
その思い描いていた夢は、思わぬ形で叶った。父さんが突然死んだのである。
朝、母さんの悲鳴を聞き、階段を駆け下りると玄関で父さんが倒れていた。
母さんは震えていた。僕は母さんを支え、救急車を呼ぶ。内心、喜んでいた。
救急車も、しばらく来なくても良いと思っていた。
これで僕の人生の汚点が消える。
そう思った。
父さんの死因は心臓発作。
毒を盛られた事が死に繋がったのだろうということだった。
父さんが色んな人から恨みを買っている、どうしようもない人間だということを知っていた僕からすれば、なんの驚きも無かった。
恐らく父さんを嫌いな誰かが、毒を盛ったのだろう。
僕は父さんが殺されたことに感謝していた。おかげでこれから僕と母さんは、幸せな時間を過ごせると。
けれどもそれは間違いだった。
父さんが死んで一週間後、突然家に組員が押しかけてきたのだ。
彼は母さんに用があるということで、母さんは招き入れた。
僕はこっそりその様子を見ていた。
「分かっているな?」
組員は重たい言葉の後、母さんに銃を突きつける。
母さんは受け入れるように瞳を閉じた。
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