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ーー次の日。
「そりゃあお前、かわながしじゃよ」
「かわながし?」
農作業のお手伝いをしながらも、翔子の行動が気になって仕事に身が入らなかった僕は、村一番の長老に尋ねてみた。
「伝えたい事を土に書いて、丸めて川に流せば、想いが相手に伝わるっちゅう言い伝えがこの村にはあってな、それをかわながしっちゅうんじゃ」
「へえー。そんな言い伝えがあるんですね。翔子は誰に何を伝えようとしてたんだろう」
「そりゃあお前、鈍いにも程があるじゃろ。お前んちの前で、す、から始まる言葉といやあ……」
長老がそこまで言ったとき、物凄い剣幕になった長老の奥さんは必死に長老の口を塞いだ。
「あんた、野暮だわい。翔子ちゃん泣くど?」
かわながしーー
翔子は一体何を川に流したのか。
家に帰ってから確認しようと思ったが、戻っても翔子の姿が見えなかった。
風邪でも引いたのかな?と心配になり、確認したい衝動に駆られたが、僕は翔子がどこに住んでいるか知らないこともあり、モヤモヤを抱きながらも、じっとしているしかなく、その日はいつもより早めに就寝した。
翔子はその次の日も、またその次の日も、姿を見せなかった。
5日も経つと僕の中の焦りはピークに達し、苛立ちを隠せず、農作業でも失敗が続いた。
目にも心にも見えない何かが、僕の中で無邪気に暴れ回り、抑えることも出来ず、時折胸を締め付けてきた。
どうしたものか……と思いながら、翔子と最後に会話をした川の前に座ってみる。
かわながし。
僕もやってみるか。
僕は地面に想いを写した。
"翔子、なぜこない?"
"話がしたい"
"会いたい"
書いては丸め、川に投げる。そしてまた書いては丸めと、かわながしを繰り返す。
「翔子……」
川を見ると満月が映り、揺らめいている。
弱々しく、それでいて美しく、僕は頬を緩めた。
そうか、これがそうなのか。
これがーー
"きみがすきだ"
僕は初恋を丸め、投げ入れることはせず、川にそっと流した。
「真也、今の……」
背後から声がする。
驚きはしなかった。
不思議とそんな気がしたから。
「かわながしって凄いね」
僕が笑うと、翔子も笑った。
「真也、私も好きよ」
満月の傍ら、星が互いを照らし合うように、僕らは重なった。
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