お別れ

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「真也、私さ。村を出たいんだけど」 「どうしたの? 突然」 カレーライスがぐつぐつと音を立てている。 そろそろ完成かな? と思いぺろっと舐めてみたけれどまだ少しぬるかった。 あの夜から、僕らは頻繁に食事を共にするようになっている。 料理は自然と交代制になっていた。 ちなみに食器洗いも交代制。掃除も交代制だ。 「だって、私は何も知らないんだもの」 「村の外にいる人間だって、特別何かを知っているわけではないよ」 翔子は僕が都会を追われて来たことを知らない。 いつかは話すことになるかもしれないが、今は伝える必要はないだろう。 「連れてってよ」 「駄目だよ。翔子のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが心配しちゃう」 「大丈夫だよ。むしろここにいる方が、迷惑をかけてる気がするの」 「そんなことないと思うよ」 「そうかなぁ」 翔子が自信なさげに顔を崩すのを見て、僕は自らのズルさを憎んだ。 本当は僕が村を出られないからなのに、翔子の祖父母が心配するからと、軽い気持ちでそれっぽい理由を取って付けてしまった。 「さぁ、カレー出来たから食べよう」 「うん!」 翔子はスプーンを手に持ち、今か今かと待っている。 ご飯とカレーをお皿によそい、彼女の前に置く。 「食べないの?」 「真也がまだだから」 「先に食べ始めてもいいよ?」 「一緒がいいの」 翔子は二人で「いただきます」を言ってから、同時に食べ始める習慣にこだわっている。 前に聞いたが、幸せを感じる瞬間らしい。 僕も最近、ようやくその意味が分かってきた。 「真也、今日も美味しいね」 「うん」 「カレーは二日目が美味しいから明日も楽しみ!」 翔子はカレーを口の端に付けながら、美味しい、美味しいと何度も繰り返す。 あぁ、今日も料理を頑張ってよかった。 翔子と生活をし始めてからの時間は平穏そのもので、まるでスキップをしているような感覚で駆け抜ける。 朝起きて、昼は働き、夜は翔子と一緒にいて、彼女が帰るとすぐに眠りに付く。 この繰り返しの中で、都会での時間や、村に逃げてきた経緯、そして母の死が段々と薄れてきて、僕は新しい自分に生まれ変わったような気になっていた。 だが、不幸は大波のように突然襲いかかってくる。 平和ボケしても、僕は僕だということを、決して忘れてはいけなかったのだ。
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