第二章 ご機嫌ルンルン丸な山田さん

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 東京からの帰りの新幹線。まだ夢見心地だった。  あの時の会話は脳内再生余裕だ。 「こんにちは」  陽くんがニコっと挨拶してくれた。 「こんにちは楽しみにしてました!」 「ありがとう」  こっちはテンションぶち上げで早口になってしまう。その一方で、口臭くないかな? ミンティア五十粒くらい食べとけば良かった、と冷静な自分もいた。 「名前呼んでもらいたいです! いいですか?」  これが握手会での目標だった。前の握手会で名前を呼んでもらったと書いてあるブログを見つけて、私も呼んでもらいたいとずっと思っていたのだ。対面してもし頭が真っ白になっても名前を呼んでもらうお願いだけは忘れないように、新堂陽カレンダーを前にセリフが条件反射で出るまで練習した。 「いいよー。何ちゃん?」  キタキタキターー! 「けけ恵子です」  興奮しすぎて噛んだ。 「けーこちゃんっ」  ここで再びニコっと笑顔(それ反則!)、そして手をギュっ!  至福の時。今まで生きてきて良かった。陽くんにとって私は数多のファンの一人、すぐに名前も忘れられるだろう。それでも今この瞬間の陽くんは私ひとりに向き合ってくれている。私だけの陽くん。 「今日はありがとね」  繋いだ手が離れる瞬間、陽くんは力を込めてもう一度手をギュっとしてくれた。澄んだ瞳が私の目にまっすぐ突き刺さる。  お父さんお母さん、先立つ不孝をお許しください。私の魂は天に召されました。陽くんは天使でした。
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