9人が本棚に入れています
本棚に追加
春の息吹を感じる、柔らかで温かい風が俺の鼻をそよそよとくすぐった。寝惚けまなこで、大きなアクビをひとつ。
もう昼か。どうやらいつの間にか眠っちまったらしい。ぽかぽか陽気に勝てる猫はいねぇ。
『招き堂』の戸口の横にある木の腰かけ。三つ置かれた藍色の座布団。俺はその真ん中を陣取り、店の番をしてやっていたんだが。
ゆっくりと身を起こすと、後ろ脚を片方ずつぴんと伸ばす。すっかりなまっちまった身体をほぐすように伸びを繰り返し、店の中を覗いた。
「お目覚めですか、十三郎さん」
福之助が俺に気づいて呼びかけてきた。とんっと、腰かけから降りて店内へ入る。客は相変わらずいねぇな。
福之助はというと、まだ招き猫をせっせせっせと磨いてやがる。
「なにしろ、これだけの数ですから。一日かけても終わるかどうか」
気の長ぇ話だな。俺は自分一匹の毛づくろいで手一杯よ。
「お客様のもとへもらわれた時に薄汚れてちゃ困りますからね。それにね、こうして心を込めて磨いていると、猫たちも一生懸命『運』を運んでくれる・・・・・・そう思いませんか?」
福之助が手にしていた招き猫が、嬉しそうに目を細めた気がした。
なんとなくつられて横で毛づくろいをしていると、戸口の方で気配を感じた。ようやくの客か。
人じゃねぇ、猫だがな。
最初のコメントを投稿しよう!