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この超巨大ベッドタウンには大きな欠陥があった。
人口三十万のベッドタウン、いわば一つの都市に匹敵するようなこの街にあるべきものがない。
まず、公共の交通機関がない、お役所の出張所がない、地域の安全確保の交番がない、郵便局がない、保育園や幼稚園、小、中学校などの教育施設がない、スーパー、デパート、ガソリンスタンドがない、そしてなにより、コンビニがないという致命的な欠陥。
これら全ては河を隔てた都心部にしかないのだ。
だから、ちょっとした買い物でも橋を渡って都心部に向かわなければならない。
しかし、地獄の渋滞。
渋滞に懲りて自転車を利用する人もいるが、その自転車の数がマジで半端じゃない。
結局、自転車も車と同様に渋滞に巻き込まれ橋の上で立ち往生。
最後の手段として住民が考えるのは、自分の足。
自分の二本の足を互い違いに前に出して進む、いわゆる究極の人間本来の運動機能。
歩き、これが最善の方法だと思いつくのだ。
通勤に便利なベッドタウンというキャッチフレーズに誘われ、高いローンを組んで住み着いた住民は、都心までの長い距離をテクテク歩きながら、疲れた声で、こんな事を言う。
「こんなの意味ねえし…」
そんな事、呟いたかどうかは定かでないが、少なくとも私なら間違いなく言うだろう。
ところで、このベッドタウンには、まだ整地されていない山林が三分の一ほど残っている。秋になれば山の緑は赤や黄色に色づき紅葉満開となる。
ここの住民はその紅葉をまじかに見れる。
春には桜が咲き山のすそ野がピンクの雲海となる。これも住民の目を楽しませてくれる。
年に二回のこの雄大な景色が、この不便な地に住む住民のたった一つの慰みになっている。
この山の頂上に古びた洋館がある。木々に囲まれ、ポツンとその屋敷だけが聳え立っている。この山林一体の所有者、伏屋権田裕の館だ。
最初にこの山を切り開き宅地にしたのが、この権田裕という男だった。
長年、建築土木の会社を営み財を築いた男だ。
晩年は、残っている山を、他の建築屋に切り売りし、その金で山に住む動物を集め保護に努めた。
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