お風呂

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 久しく使ってなかっただけあり、浴槽はかなり黒ずんでいた。シャワーから出る水に手を冷やしながら、風呂掃除をするのは何ヶ月ぶりだろうかなどと考えてみる。ゆっくりお風呂に入るのは出張と帰省のときぐらい、大抵は誰かが掃除してくれているという上げ膳据え膳のお風呂だ。黒ずみは、自分のやつれ具合を客観視しているかのように酷いものだった。  眠気と対峙しながら、なんとか自分が許容できるレベルまで掃除する。そして、恐々と湯張りボタンを押す。 「お湯張りをします。」 給湯器が高らかに宣言し、勢いよく出てきたのは…冷水。ダメだったかと思いつつも、諦めが悪い私はそのまま湯張りを続行してみることにする。  二十分ほど経っただろうか。 「お風呂がわきました。」 という声が私を一気に覚醒させる。浴槽を見張っているうちに、いつの間にかうたた寝をしてしまっていた。目を開けると、メガネが曇り視界がぼんやりしている。微かに顔に温もりを感じる。メガネを拭くと、そこには確かにお湯が張られた浴槽がある。こんなこと実際にあるだろうか。その事実を確認しようと湯船に手を入れる。ちょうどいい湯加減だ。服を脱ぎ捨て、嬉しさの掛け湯をする。  あぁ、気持ちいい。自分の労働に満悦を感じながら、あるいはなんともいえぬ感慨に浸りながら入るお風呂。この心地良さを味わうのは何ヶ月ぶりだろうか。お風呂。その正体を忘れ去っていた私の愚かさが身に染みる。筋肉がほぐれていくと同時に、どっと睡魔に襲われる。  翌晩。そこにはお風呂を隅々まで掃除している私の姿があった。
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