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夏の匂いがする風は、梅雨を迎え入れるための甘い湿り気を帯びて黄昏時のホームを抜ける。まだ電車の熱を走らせない冷えた線路の上を、なまなましい風が優雅に走る。その誘惑をもろともせずに、寄り添いながら、少女たちは誰かの噂話に興じていた。少女たちの柔らかな髪がそよぐのを横目に見遣る。記憶の片隅の残像を思い起こすみたいに目を細めては、教室の窓辺から降り注ぐ陽光に透ける、うなじの産毛とブラウスを思い出した。
彼女たちはきれいだ。とても。ぷるりと潤む新緑みたいに、光を浴びて夏をきちんと待ちわびることができるのだから。
ふと目を向ける反対車線のホームには人影がない。この時間帯はいつも、こちら側のホームにばかり人が集まる。
古びたベンチ。似たようなデザインの地域診療所の看板。影がさす向こう側にこそ、わたしは身を置いておくべきなんじゃないのかとふと思う。どうしてこちら側にいるんだろう。わたしは、夏を歓ぶことなんてもう長い間できていないのに。
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