新宿駅東部区画41-B

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 太古の昔、新宿には西口と南口と東口があり、北口はなかったらしい。そんなシンプルなら使いやすいだろうな、と私は思う。新宿駅東部、区画41-Bに備え付けられたベンチに私は座り、隣のハチ公像に目を向ける。歴史の教科書によると、区画41-Bは「渋谷」と呼ばれる土地だったらしい。2000年も前からこの地にあり、幾千度の改修を経て、日本国が新宿という怪物に少しずつ飲み込まれていく様を見てきたハチ公の深く青い目に、私は見入る。彼の青い目は、実際にはハチ公像に重なるように投影されているプロジェクションマッピングであり、彼が本当は何色の目をしているのか、私は知らない。噂では、雨風にさらされたハチ公にはもはや原型も残っておらず、マッピングを解くとただの球体にしか見えないらしい。  そんなになってもご主人の帰りを待つのか、ハチ公。  今の新宿は果てしなく大きい。20世紀にそれが誕生してから、新宿には常にどこかしら工事があり、工事を通して新宿はゆっくりと成長していった、らしい。21世紀の初めの頃まで、徒歩30分もあれば横断する事が出来たという話は私の心を大きく揺さぶった。歴史の教科書によると21世紀の中頃に新宿駅の成長は急激に加速している。日本国債に対する信用が落ち、国が力を失う代わりに、社会基盤そのものである鉄道会社が実質的権力を持つようになっていった、らしい。私には歴史の話も経済の話も地理の話もわからない。  私は16で、新宿から出たことがない。私のお父さんは二、三度会社の出張で新宿から出た事がある。飛行機で2時間。それがどれほどの距離なのか、ピンとこない。  この怪物の腸で、私は生まれ、育ち、ゆっくりと着実に消化されて行っている。私はこの怪物が育つための肥料になってしまっている。スカートの裾を握る。  ガタンゴトン、ガタンゴトンと音を立てて電車が前に止まる。私は乗らない。今日はハチ公の隣から動くつもりはない。第一電車に乗って無駄に消費出来るようなお金も私にはない。
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