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俺の夜はこれが無いと始まらない。
ウィルキンソンの喉を焼くほどの強炭酸。
フリージャズの耳を砕くほどの轟音。
そして、夜桜。どれをとっても最高だ。
ここには勉強しろと五月蝿い教師も、しつこく成績について尋ねてくる親も居ない。
それは多分、自由だ。何もしなくていい、何も考えなくていい。そんな、自由だ。
でも、心の奥の冷静な自分がこう呟く。
『違う、これはただの現実逃避だ』
だから俺はこう言い返してやる。
「なら、自由なんてどこにある?」
――吹く風は、俺の呟きを運んでいく
桜の花びらを乗せ
俺だけを置いて
此処ではない何処かへと
なら俺も一緒に連れていってくれよ
こんな狭苦しくて面倒じゃない
もっともっと気楽なところへ――
一際大きな風が吹いた。
まだ咲いたばかりの桜の花が目の前を流れていく。俺はそのあまりの美しさに目を細める。
そして風が止み、目を開けた先に見知らぬ誰かが見えた。
若い男性だ。
何を言うでもなく、ただ、こちらをぼんやりと眺めている。
どのくらいそうしていただろう。
「ここの桜は綺麗だろう」
ふと、彼は俺に問い掛けた。
俺はヘッドフォンを外し、はぁ、と小さく答えた。耳元の爆音は遠ざかり、風が桜を揺らす音も止む。
「僕は、ここの桜が好きでね」
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