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そう言って彼は視線を桜へと向けた。
「特に、この夜に見る桜が好きなんだ。綺麗だろう」
「そう、ですね…… 」
暫く二人で、風に揺れる桜を眺めていた。
「……フリージャズとウィルキンソン」
「えっ?」
彼の呟きに、俺は頓狂な声をあげた。それでも彼は続けた。
「あと、フリージャズとウィルキンソン炭酸があれば、最高だなと思ってね」
彼はあっけらかんと俺の夜の全てを当てて見せた。
驚く俺をからかうように、彼は耳の辺りを叩くジェスチャーをした。
「いや、君が飲んでるやつのラベルを見ればウィルキンソンだったし、ヘッドフォンからフリージャズが流れていたから。いい趣味だね」
種を聞けば不思議がるほどでもない。ただの憶測じゃないか。びっくりした俺が馬鹿みたいだ。
恥ずかしさを紛らす為、彼にも音が聴こえるようプレーヤーからプラグを引き抜く。
曲は山場へと向かい、甲高いサックスのメロディがこの公園に響く。
「ジャズ、好きなんですか?」
「昔はね、今はそんなに聴いていないな」
会話は途切れてしまったので、俺はプレーヤーから流れる音に耳を傾ける。
小気味よくリズムを刻むドラムの音。
水をはじいたようなピアノの音。
引っ掻くように甲高いサックスの音。
それらが合わさる旋律とも騒音ともとれる激しい音。
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