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そこにいたのは、仮入部中の音楽部の先輩だった。明るくはじけた性格で、新入生にも屈託なくからんで親しまれている。
「おはよう、キノコちゃん」
「おはようございます……って、私キノコじゃないです」
木野桜子という名前を、そんなふうに短縮して呼ぶのは竹下だけだ。
「後輩ちゃん?」
少しかすれたような声にドキッとした。竹下にそう話しかけたのは、いつも見ていた「彼」だった。
「おまえん高校の、ほんと可愛いよな」
可愛い……可愛い……桜子の中でその言葉だけがぐるぐる竜巻のようにまわる。
「制服フェチかよ」
竹下が突っ込みを入れる。
──なんだ、制服のことか。
桜子の高校の制服は、黒いセーラー服に深紅のタイという公立としては個性的なデザインだ。近隣では可愛い制服と評判である。
「やるよ」
竹下は使い捨てカイロを桜子に手渡した。
「いいんですか?」
「礼はいらないぜ」
竹下は人差し指を立てて決めポーズを作り、颯爽と行ってしまった。あの彼も笑いながら去って行く。
竹下星也は二年生だ。
桜子は北から南へ通学しているが、竹下は南から北へ通っている。あの彼と同じ電車だ。雰囲気からすると、中学の同級生なのかもしれない。
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