目の保養さま

3/4
前へ
/13ページ
次へ
 そこにいたのは、仮入部中の音楽部の先輩だった。明るくはじけた性格で、新入生にも屈託なくからんで親しまれている。 「おはよう、キノコちゃん」 「おはようございます……って、私キノコじゃないです」  木野桜子という名前を、そんなふうに短縮して呼ぶのは竹下だけだ。 「後輩ちゃん?」  少しかすれたような声にドキッとした。竹下にそう話しかけたのは、いつも見ていた「彼」だった。 「おまえん高校(とこ)の、ほんと可愛いよな」  可愛い……可愛い……桜子の中でその言葉だけがぐるぐる竜巻のようにまわる。 「制服フェチかよ」  竹下が突っ込みを入れる。 ──なんだ、制服のことか。  桜子の高校の制服は、黒いセーラー服に深紅のタイという公立としては個性的なデザインだ。近隣では可愛い制服と評判である。 「やるよ」  竹下は使い捨てカイロを桜子に手渡した。 「いいんですか?」 「礼はいらないぜ」  竹下は人差し指を立てて決めポーズを作り、颯爽と行ってしまった。あの彼も笑いながら去って行く。  竹下(たけした)星也(せいや)は二年生だ。  桜子は北から南へ通学しているが、竹下は南から北へ通っている。あの彼と同じ電車だ。雰囲気からすると、中学の同級生なのかもしれない。     
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加