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昔の話だから、きっと私は要領を得ないことばかり言っていたと思う。でも私の記憶にいる祖母はきちんと話を聞いてくれていた。良い匂いのするタオルで顔を拭ってくれた。
「かわいい顔が台無しねえ。お風呂に入って、すっきりしてきなさい」
祖母のその言葉を聞いてお風呂に入れば大抵のことは水に、というかお湯に流せた。でもその日の私は泣いても話を聞いてもらってもすっきりすることが出来なかった。そしてどうしようもなくなってしまったとき、私は決まって湯船の中に引きこもった。
体と頭を丹念に洗う。風呂蓋をくるくると半分くらい巻いて、むわむわと立ち昇る湯気を目視する。爪先から、温度を確認するように体を湯に沈めて、肩まで入る。天井を見つめ、そろそろと後頭部を湯に浸からせながら、顔が沈んでしまわないように気をつけて、半開きだった風呂蓋を完全に閉める。
風呂の内側には私しかいない。蓋を閉めた浴槽はとても狭いから、私が入ってしまえば、そこには私以外は入ることができない。ただ一人私だけ。そう考えると酷く心が落ち着いた。私を傷付けるものは何一つなかった。ぐるぐる回る換気扇の音と、水滴が落ちる音。熱めの湯。
もともと長風呂なほうではなかったけど、嫌なことがあるとどうしても引きこもりたくなってしまう。
そんなとき、浴槽の中に引きこもった私を呼んでくれるのが祖母だった。
「美弥子」
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