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名前を呼ばれても反応をしないと祖母はガラガラと引き戸を開けて、蓋越しにお得意の蛙の話を聞かせるのだ。祖母はそれはもう怖い声で私を脅した。いつもいつも煮られて死んでしまう蛙を思い浮かべて、私はふやけた手で蓋をどかした。すると薄暗かった世界が明るくなって、私は一人ぼっちではなくなる。
いつも迎えにきてくれるのは祖母だった。
□
育ての親であった祖母が病気で亡くなった。そこそこ長い闘病生活を送っていた祖母が、最期苦しまずに眠りにつけたことは僥倖だった。喪主は一番祖母に近しく、成人していた私がつとめた。
祖母が亡くなってからバタバタしていたこともあって、ここ数日間はまったく湯を溜める気にならずシャワーだけで済ませていたのだけど、その日はいつの間にか家に来ていた恋人が湯を溜めて私の帰りを待っていた。せっかく溜めてもらった湯だ。厚意はありがたく受け取ることにした。
裸足で入る浴室はひんやりとしている。お風呂の椅子は冷たかった。風呂蓋を少しだけ開け、桶で浴槽から少量の湯をとり、それを椅子に掛けた。椅子に腰掛け、体は丹念に丁寧に洗う。爪先から頭まで全てを磨くように。
浴室がシャワーから出た湯で十分に温まったところで私は風呂蓋を半分開けた。子どもっぽい癖は思春期あたりから封印していた。けど、久しぶりにあの感覚を味わいたかった。
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