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 お父さんの歌声は、なかなか聞こえてこなかった。その代わり、いつもより多く湯船でバシャバシャと顔を洗うような音が聞こえてきた。私が泣く時にするその癖は、お父さんと同じだ。  お母さんは嬉しそうに台所と食卓を行ったり来たりしていた。私は食卓に並んだ唐揚げを照れ隠しにいくつかつまみ食いした。  「お風呂から出てきたらお父さんなんて言うかね?」  お母さんがそう言い、私はいくつか想像してみた。「ああ、いい湯だった」かな、それとも、「やっぱり我が家の風呂は最高だ」かな。  私が、それを言うとお母さんは、「照れて何も言えないんじゃない?」と馬鹿にしたように言った。それを聞いた私も笑っていると、ザッバーン!と浴槽をひっくり返したかのような音がお風呂場から聞こえ、次いでお父さんの、「ウィー・アー・ザ・チャンピオン」が聞こえてきた。  私とお母さんは顔を見合わせて、呆れながらも笑った。止まっていた時間がなんだか動き出したみたいだった。  下手くそなお父さんの歌声を聞きながら、私はバスタオルを腰に巻いたお父さんが、こう聞いてくるような気がした。 「ユズ、夢は出来たか?」  そしたら私は、「水泳選手」ともう一つ。こう答えるつもりだ。 「泳げるくらい大きなお風呂が欲しい」って。
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