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頭にバスタオルを巻いて居間に行くと、最近中年太りを気にし始めたお父さんは首にタオルを巻いてテレビを見ながら、「シュッ、シュッ」とシャドーボクシングのようなことをしている。
私は台所で揚げ物をしているお母さんと目配せをして、手に持った入浴剤をふやけた指で握りしめた。
「お父さん。」
三年越しに呼びかけた私の声はなんだか少し裏返って聞こえて、恥ずかしさのあまり私はバスタオルを解いて、濡れた髪を拭いた。
お父さんはシャドーボクシングを止め、ゆっくりと私の方に振り向くと、テレビに映っている洞窟の奥深くで神秘的な湖を発見した探検家と同じような顔をして固まっている。
視線を合わせているのが照れ臭くて台所にいるお母さんのほうを見ると、お母さんは何も見ていないかのように揚げ物を続けている。唐揚げだ。お母さんが唐揚げを揚げる時、それは私を応援する時だった。
台所から聞こえてくる唐揚げの油が撥ねる音に後押しされながら、私はお父さんにきちんと向き合って、言った。
「お父さん…。あの日は、ごめんなさい。」
そして、いつもありがとう。心の中でそう付け足して、手に持っていた入浴剤をお父さんに手渡した。
お父さんはなんだか戸惑ったような反応で、「おお」と驚いているのか喜んでいるのかよく分からない声をあげると、小さく「ありがとうな」と言って、首に巻いたタオルで顔の汗を拭った。
私も、「うん。」と頷くと、バスタオルで濡れた髪の毛をわしゃわしゃと拭いた。
沈黙がもどかしくて、「じゃあ、そういうことだから」と言って、私がソファに勢いよく座りテレビを見始めると、お父さんも、「じゃあ、風呂入って来るわ」と台所のお母さんに言って、たどたどしくお風呂場へ向かった。
三年越しのお父さんとの会話は、思った通りぎこちなくて恥ずかしかったけれど、あの日以来、私の中に溜まっていた後悔は栓を抜かれて勢いよく抜けていくようで、長い距離を泳ぎ切ったような爽快感があった。
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