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君に出会えて良かった。この話を真剣に聞いてくれる君には心から感謝申し上げるよ。何か飲む物を頼もう。何が良い?…分かった。マスター、珈琲を二つ頼む。
いいかい、今から話す事は現実に起きた事だ。どうしてそんな前置きをするかって?誰も信用してくれないからだ。皆が口を揃えて罵倒する。でもそれは現実なんだ。それはほんのひと時の話なんだ。それなのに、それは未だに私を苦しめている。私は呪いを掛けられたんだ。恐らく草木も眠る丑三つ時に、まるで藁人形を杭で神木に打ち付けるような凄惨極まりない呪いをこの身に振りかけられてしまったのだ。
おいおい、待ってくれ。帰ろうとしないでくれ。話だけでも聞いてくれ。君が立ち止まってくれなければ私は私という存在を否定しなければいけないことになる。私という人間が今ここにいるのはその物語のせいでもある。あの忌まわしい物語を君に聞いてもらいたいんだ。君が聞いてくれれば私の呪いは解けるかもしれない。私という人間がこれから生き続けられるかもしれないんだ。
呪いは話声によってのみ懐柔できるものだと私は考えている。それは神の証明にも近い苦行だけれど、皆が祈りを捧げるように、君がニヒリストでないと言うのであれば、運命というある種のトーテミズムに打ち勝つには言論による革命を起こさなければならないんだ。
何故僕なんだって?他の人でも良いだろうに何故初対面の僕に話したいのかだって?至極当然の疑問だろう。それは直感としか言い得ないのだけれど、しかしその直感は正しいはずだ。君は恐らくまだ少年でいる。それに対して思慮深い。正義感もある。いや何、先週の君の立ち回りを偶然見かけてしまってね。それ以来君に会う機会を待っていたんだ。この物語は君のような人に話したい。
…前置きが長くなってしまった。しかし私は君に話さなければならないんだ。その呪いが事実としてこの身に降りかかっているという確証を得るためにも承認されなければならないんだ。まるであの時の私のように見える君に。
どうか聞いてくれ。あの日の悪夢を。どうにも終わらないこの呪いについて。
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