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…これで私の話は終わりだ。奇妙な話ではないか。恐ろしく、おぞましく、しかしこれが現実に起こったことなのだ。私の言いたいことはそこにある。私はまだ覚めていないのだ。私はまだ夢の中にいるのだ。夢の中にいてしまえばそこに現実は存在しない。私はまだ自我を確立していないに等しい。
何故そのような顔をする。何故君は平然としていられる。君はこの話の本質に気付いていないのか?
ならば問おう。私は彼女に何をした?彼女は私をどう見ていた?分からないのか?私は、私という存在は居なかったのだ。
…待て、ひょっとすると、私の説明が悪かったのかもしれない。順を追って説明したから分からなくなったのかもしれない。視野を広げよう。この物語を包括的に捉えるのだ。
おかしいと思わなかったのか。夕陽が沈んでいく様を。
おかしいと思わなかったのか。あの雨上がりに見た傘を。
おかしいと思わなかったのか。あの日の呼び名を。
おかしいと思わなかったのか。私の正義執行の時を。
思えば最初から不思議だったのだ。彼女を見ている時、彼女に引き込まれていく感覚を得たのが。
まだ分からないか?私は、彼女の中にいなかったのだ。
私という存在は彼女の中に、いや、加えれば彼女を介したこの世界に存在していなかったのだ。
今思えば不自然な点は幾つもあった。彼女は紺色の傘を持っていた。右眼が不自由であるのに、先の見えない、暗色の傘だ。しかしそれは有り得る話だ。
私が彼女の虐めについて延々と話していた時、誰も一言も話さなかった。まるで私がその場にいなかったように。思えば、何故あの場で彼女に発言の場が与えられなかったのだろうか。彼女はそこに居たはずだ。しかし一方的に言葉をまくし立てていたのは私だけだ。
私は終始皆に委員長と呼ばれていた。「お前」と呼ばれたことは一度もない。それならば一人で喋っていたと言われたあの言葉は誰に向けられたものだったのか。思えば、あれは彼女に向けられた言葉なのだろう。私をお前と呼ぶ人間はいなかった。それならば、彼女と共に歩いていた私を何故彼は見つけられなかったのだろう。
引越しの当日に彼女と歩いた道。南に歩き、西陽が私の方に落ちた。つまり私は彼女の右側に立っていたのだ。よって彼女に私の姿は殆ど映っていない。にも関わらず、何故私と彼女は互いの左右を歩いていたのだろう。
彼女の中に、本当に私はいたのだろうか。
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