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両想いなのは知っていた
だけど、何もかもが主人公にとって都合よく進むお話の世界のようにはいかないことも解っていた。
貴方はいつも、ただ静かに私の手をとって、暖めるように、いとおしそうに、その手を握っていた。私たちに、それ以上はなかった。望んではいけないことだと、承知していたから。
その日も、いつものように、別れ際になって手を握った。それまではわいわいと喋っていたのに、その時だけは、いつもあまっとろい静寂になる。顔を上げると目が合うとわかっているから、私はいつも俯いたままだ。あの視線はずるい。
…すっ
と、空気が動く。握られた手が、そのまま持ち上げられたのだ。驚いて私が顔を上げると、逆に貴方の顔は徐々に俯き、そのまま、私の手の甲にくちづけた。
その瞬間、私の手の甲を起点にして、身体中に水の波紋が広がるように、あたたかくて、やさしくて、それでいてむずがゆいような、熱っぽいような何かが駆け巡った。
嗚呼、私が、私の全てが喜んでいるのだと、自覚せざるを得なかった。危うく泣きそうだった。
そんな、忘れられない或る日の感情。
貴方も忘れずにいてくれているのだろうか。
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