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「起きよ、起きよ」
柔らかな女の声に揺さぶられて、栗鼠は目を開いた。
いつの間にか眠っていたらしい。
力の入らぬ体を持ち上げて頭をあげると、微笑む女と目が合った。
「咲いたぞ」
「え?」
栗鼠の目の前に差し出された手のひらの上に、ひとひらの花弁がのっている。
儚い色をしたそれを、栗鼠は小さな両の手で大事そうに掲げた。
「花はそれだけではないぞ。おいで」
女は両手で栗鼠を支え、彼を桜のうろの寝床から抱き上げた。
栗鼠の頬毛を柔らかな春の風が撫でていく。
女の手の中で、栗鼠は頭上を見上げた。
「ああ……見事だ……」
目の前には満開の桜の木。
真っ白な花弁が密集しあい、ほのかな紅色が周囲を淡い桃色に染める。
「お主が眠っている間に、咲きそろったぞ」
女の言葉に、栗鼠の口元がほころぶ。
「ああ、ああ……本当に綺麗だ……」
栗鼠は自身の体を掲げる女の手に頬をすり寄せた。
「ありがとう……あんたのおかげでこんなにいいものが見られたよ」
その声に力はなかった。
栗鼠はぐったりと女の手に体を預ける。
「春告、桜が咲いたよ。満開だ……吸い込まれるほど、綺麗だ……」
そう言うと、大きく息を吐いて動かなくなった。
「力尽きてしもうたか……」
女は静かにそう言って、栗鼠の亡骸を自身のうろの中へと戻す。
栗鼠の寝顔は安らかだった。
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