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「憐れな……」
自身もいつか尽きる命ではあるが、生き物とはなんと儚いものであろうか。
女は早くも風に舞い散る花びらを手に取り、そっとため息をつく。
「桜の幹に穴を穿つなど、おまえは死に急いでいるのかい?」
どこからともなく聞こえてきたのは、なよなよとした男の声だ。
艶やかな梅の香りが、桜の園にふわりと漂う。
女は目をすがめ、苛立ちを含んだ声で答えた。
「所詮は消えゆく命よ。小さきものを救えるならば、我の命が削られようとも構わぬ」
「そうか……」
彼女の隣へ、線の細い男が立った。彼は長く艶やかな鈍色の髪をなびかせ、裏地が蘇芳の白い狩衣を着ている。
女は横目で男をにらんだ。
彼はうろの中で眠る栗鼠を優しい目で見つめている。
「このものに桜の開花を告げよと申したのはお主か?」
女の問いかけに、男は優雅に頭を下げる。
「さよう。おかげさまで、こやつを迎えに来ることができた」
男の声は柔らかい。
その柔らかさに女の苛立ちは増した。
「お主のせいでこのものは死んだのだぞ! お主がいなければ、このものはまだいくらでも生きられたやもしれぬのに」
女の怒りを男は微笑んだまま受け入れる。
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