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彼女がいなくなってからも、栗鼠はその場を離れなかった。冬に近づくにつれ、栗鼠の体はやつれていき、日に日に弱っていくのがわかる。
女は知らぬといったものの、ずっと栗鼠を見守っていた。
うつらうつらと船をこぐ栗鼠を優しく木の根元へ運んだり、偶然を装って足元へ木の実を転がしたりと密かに世話を焼き、ため息をつく。
どうしてこうも懲りずに開花を待ち続けるのか。
これではまるで苦行に耐える人間の僧のようだ。
女は栗鼠に開花を告げるよう頼んだという者へ不満を抱き、栗鼠を心配しながらも黙って様子を窺い続けた。そしてとうとう、栗鼠は動けなくなった。
草木に霜が降り始めたある朝のこと、栗鼠は桜の木の根元でぐったりと体を横たえたまま起き上がらなくなった。
女は急いで姿を現し、栗鼠のもとへと駆け寄る。
栗鼠は浅い呼吸を繰り返して眠っていた。暖かな巣穴に潜ることなく、そのまま冬眠を始めてしまったようだ。
やつれた体を撫でると冷たく、女ははっと息を飲んだ。
「なんということじゃ……」
もしこのまま眠ってしまい目が覚めなければ、栗鼠は咲き誇る桜を見ることができない。
女は急ぎ栗鼠を揺すった。
「起きよ! 寝てはならぬ!」
数回体を揺すぶられ、弱った栗鼠が薄く目を開く。
女は栗鼠に声をかけた。
「お主に桜の開花を見張れと言うたのは誰じゃ?」
「はる……つげ」
掠れた声で栗鼠が答える。
「はるつげ……、春告草か?」
女の問いかけに栗鼠は弱々しく頷く。
「お主、どこから参った?」
「……」
栗鼠の小さな手が指し示した先には、女の予想通り梅林がある。
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