2人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
栗鼠が住みついていた梅の木は、寂しがり屋でわがままなとても変な木だった。
梅林の木々が次々と開花して艶やかな香りを漂わせる中、その木だけはいつまでも咲かず、梅の季節が過ぎて桜の季節が来た頃に遅れて咲くのだ。
栗鼠は初めてその木を見た時、驚いて目を見張った。
「あんた、なんで今頃咲いてんだ? 今は桜の季節だぞ?」
くりくりの目玉を見開いて尋ねる栗鼠に、梅は答えた。
「僕がいつ咲こうが勝手だろう? 今、咲きたいのだよ」
「なぜ?」
「だって、桜は綺麗だろう?」
栗鼠は素直にそうだと相槌を打つ。
梅はうっとりとこういった。
「だからさ。僕は桜が羨ましい。あんな風にふんわりと霞のように咲き誇れたらどんな気持ちがするのだろう」
「あんた、馬鹿だろ」
栗鼠は思ったことをそのまま口にした。
「なにゆえそう思う?」
「あんたは梅だろうが」
「僕は桜に生まれたかったのだよ」
梅の感情が高ぶっているのか、彼の語調とともに周囲の香りが強くなる。
「だって、綺麗だろう?」
栗鼠は梅の言葉に頷いた。
「綺麗だよ。でも、あんたはあんたで十分美しい」
「そうだろうか?」
「梅には梅の、桜には桜の良さがあるもんだよ」
迷いなく言う栗鼠に梅は意地悪く笑う。
「ならば、おまえはどちらが好きだい?」
梅か桜かどちらか選べということか。
しかし栗鼠は、どちらかをとることなどできない。
「どっちも好きだ」
正直にそう答える。
梅は歯がゆそうに声をくねらせた。
「どちらもなんて無粋なことを言うね。どちらかにしておくれ」
わがままな梅だ。
栗鼠は少し考えこんで、笑顔で梅を見上げる。
「俺は、桜を羨ましいと言えるあんたが好きだよ」
それから栗鼠は、梅林に住みついた。
最初のコメントを投稿しよう!