2人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
梅は自分では遠くまで動けないからと、栗鼠に遠出を頼むようになった。
北にとても綺麗な花畑があると聞けば、行って確かめてこいと言い、南に美味しい湧き水があると聞けば、行って試しに飲んでみろと言う。
栗鼠は梅に言われるまま、野山を巡った。そうして山中を駆け回り梅林に戻ると、梅からせがまれるままに道中であったことをくまなく話して聞かせるのだ。
梅は本当に嬉しそうに栗鼠の話を聞く。栗鼠もそれが嬉しくて、ついつい梅のわがままを聞いてしまうのだった。
そんな日々が終わった。
梅林は人間に次々と切り倒され、土地は切り崩された。
梅は栗鼠に言った。
「この先に一本桜がある。とても美しい桜だよ。あれの花が咲いたら僕に教えておくれ」
「どうやって伝えればいい? あんたはどこにいる?」
「花が咲いたと告げてくれれば、僕はおまえを迎えにいくよ」
さあ、お行きと梅は栗鼠の背中を押した。
栗鼠がまっすぐ向かったのは、梅に教えられた桜の木だ。
ちょうど花が散り若葉を繁らせた一本桜のもとへたどり着いた時、栗鼠は朝露のような瞳を輝かせた。
なんと美しいのだろう。
たった一本でこんなにも瑞々しい葉を茂らせて。
梅が憧れるのもわかる。
いつ咲くだろうか。
まだ咲かぬのか。
栗鼠は桜の花を待ち続けた。
森へ戻るのは嫌だった。
自分が住んでいた場所はもうない。
森の中には梅との思い出が詰まっている。
北の花畑も南の湧き水も東の朝日も西の夕日も、見れば梅の笑い声を思い出す。
思い出せば辛くなる。
寂しさで胸がいっぱいになって、苦しくなる。
(咲いたと告げてくれれば、おまえを迎えにいくよ)
梅の言葉を思い出しては、まだ見ぬ桜の花を待つ。
最初のコメントを投稿しよう!