憧憬と断案

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「あーーー敬吾さん!」 「さっちゃん、久しぶりー」 人気の少ない店内に、一目で見つけられたのは幸一人だけだった。 「旅行してたんですよねー?」 「そうそう。お土産持ってきた」 喜ぶ幸に紙袋を手渡して、敬吾は改めて店内を見渡す。 「店長と岩井は?」 「店長今日休みなんです。逸くんは休憩……そろそろ帰ってきますよ。あとーー」 幸がそこまで言った時、どこかで「あっ」と高い声がした。反射的にそちらを見ると、棚の影から小柄な女の子が飛び出していた。女の子と言っても恐らく10代後半ではあるが。こちらに背を向け、階段の方を懸命に見守っているがその先に何があるのか敬吾からは柱の影になっていて見えない。 「新人さん?」 敬吾が退職する際にも人員補充があったが、もう一人採用したらしい。視線を戻した敬吾に幸が頷く。 そうして幸が何事か言う前にまた先程の声。 「いっちゃんさんお帰りなさい!」 ばふっ、というような音で敬吾が吹き出した。 少々ぞんざいな逸の返事と、笑ってしまって声も出せない敬吾に幸はただ頷く。 逸はそのまま捕まってしまったらしい、こちらへ来る気配がない。その間一頻り笑い切った敬吾は幸に問いかけた。 「さっちゃん!あれ……!」 「ええ、楽しく拝見してます」 「分かってんのかあいつ。教えてやんなくていーのー?」 もはや息が切れている敬吾に、「それは敬吾さんの役目でしょー」とそれはそれは楽しげに幸が言った。
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