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「ほんとに帰るのー?泊まってかない?」
眉を下げた桜に両手を握られ、逸はまた困惑しきりだった。
敬吾に似た顔でわざとあざとくおねだりなどされてしまうと、嬉しいも照れるも飛び越えてただただ混乱してしまう。
「泊まんねーよ、こっちだって暇じゃねんだから」
どれほど冷たくてもやはりこの方が収まりが良い。
ほっとしたように敬吾の方を見てまた桜に視線を戻すと、今度は桜が頬を膨らませた。
またも逸は恐慌状態に陥っている。
「敬吾は帰ればいーじゃん!いっちーは泊まってって!」
「えぇ!!?」
「やった、んじゃ俺帰る。岩井頑張れよ」
「ちょ、嘘でしょ敬吾さん待って、」
「じゃあ河野さん、また」
「うん、気を付けてね」
そう言うと敬吾は本当に駅舎に入っていってしまった。
逸の背中に冷や汗が落ちる。
敬吾のことだ、本当に一人だけ帰りかねないーーー。
逸が口をぱくぱくさせていると、河野が苦笑しながらため息をついた。
「ほらほら桜ちゃんもその辺にしてあげて。逸くんも忙しいんだから」
河野が言うと、桜は驚くほど素直に握っていた手の力を緩めた。
が、頬はまた膨らんでいる。
「あーあー、帰っちゃうのかー。敬吾あんなんだからあんっまり相手してくれないんだよね」
「いやぁ、かなり構ってくれてると思うよー?」
また苦笑しながら河野が言うと、むっと唇を付き出して桜が河野を見上げた。
本当に表情豊かだと逸は思う。
その表情が今度はころりと気安くなって、無垢な瞳が逸をとらえた。
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