行く末

59/63
6729人が本棚に入れています
本棚に追加
/1199ページ
「ほんとに帰るのー?泊まってかない?」 眉を下げた桜に両手を握られ、逸はまた困惑しきりだった。 敬吾に似た顔でわざとあざとくおねだりなどされてしまうと、嬉しいも照れるも飛び越えてただただ混乱してしまう。 「泊まんねーよ、こっちだって暇じゃねんだから」 どれほど冷たくてもやはりこの方が収まりが良い。 ほっとしたように敬吾の方を見てまた桜に視線を戻すと、今度は桜が頬を膨らませた。 またも逸は恐慌状態に陥っている。 「敬吾は帰ればいーじゃん!いっちーは泊まってって!」 「えぇ!!?」 「やった、んじゃ俺帰る。岩井頑張れよ」 「ちょ、嘘でしょ敬吾さん待って、」 「じゃあ河野さん、また」 「うん、気を付けてね」 そう言うと敬吾は本当に駅舎に入っていってしまった。 逸の背中に冷や汗が落ちる。 敬吾のことだ、本当に一人だけ帰りかねないーーー。 逸が口をぱくぱくさせていると、河野が苦笑しながらため息をついた。 「ほらほら桜ちゃんもその辺にしてあげて。逸くんも忙しいんだから」 河野が言うと、桜は驚くほど素直に握っていた手の力を緩めた。 が、頬はまた膨らんでいる。 「あーあー、帰っちゃうのかー。敬吾あんなんだからあんっまり相手してくれないんだよね」 「いやぁ、かなり構ってくれてると思うよー?」 また苦笑しながら河野が言うと、むっと唇を付き出して桜が河野を見上げた。 本当に表情豊かだと逸は思う。 その表情が今度はころりと気安くなって、無垢な瞳が逸をとらえた。
/1199ページ

最初のコメントを投稿しよう!