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「敬吾さん、髪洗いましょうか」
「んー、もうちょっと…………」
敬吾の言葉を反芻すればするほど、これ以上締め付けてくれるなと胸が抗議するので逸は斜め向こうに話を変えた。
それでもやはり訝しむでもなく、あまつさえまだ弛緩しようとする敬吾にまた呼吸が詰まる。
相当に努力をして胸を押し開き、悲しげに見えるほどに微笑む。
「浸かってていいですよ、俺洗います」
「…………え」
「一回でいいから敬吾さんの髪好き放題手入れしたかったんですよね〜〜」
さすがに不可解そうに振り返った敬吾に逸がふにゃりと笑いかけると、敬吾がそれを天秤にかけた。
そしてそれはやはり楽な方へ楽な方へと傾いでいく。
ーーやりたいと言うなら、いいか。
「……面倒じゃないならいーけど………」
「よっしゃ」
言うなり敬吾に自力で座らせて、逸は浴槽を出る。
そしてなぜか浴室の戸まで開けた。
「えぇ?」
「これをね!」
脱衣所から持ってきた小さいチューブのセットを敬吾に見せる逸の笑顔はやたら輝いている。
「……なに?」
「なんかすげー良いトリートメントらしいですよ!お姉さんのオススメなんでまず間違いないっす」
「え?お姉さん?誰の俺の?」
「もちろん」
平和に間延びしていた敬吾の顔が、俄然がっくりとしかめられる。
「いつの間になかよしになってんのよ……」
面倒なコンビが誕生したものだ、と敬吾は浴槽の縁に突っ伏した。
逸は気にする様子もなく、そのままでなどと言いながら丁寧に敬吾の髪を濡らしていく。
細い髪の毛が濡れて流れると美しいものだった。
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