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「人のもんに手出しといてすみませんでしたでもないけど……ほんと申し訳なかった」
「…………………」
「間違ってももうちょっかい出したりはしねえから、安心して」
「当たり前でしょう」
「だよね」
さすがに苛立ちを滲ませた逸に、後藤はまた苦笑する。
逸は少々、意外に思っていた。
前に顔を合わせた時のこの男は、立場を分かってこそいるものの弁えておらず、どうも食って掛かってくるようなところがあった。
その後は敬吾のしたいようにしてもらい深くも聞かなかったから、敬吾が何を言ってこの男がどう納得したのかなど知る由もないのだが。
(………やっぱ敬吾さんだよな)
少々ささくれるような気持ちにはなりつつも、逸は落ち着いてグラスを呷った。
「ーー俺は別に」
後藤が、持ち上げかけた瓶を静かに戻す。
「あの人が納得してんならいいんですよ」
「…………………」
「ーー個人的にはそりゃ、腸煮えくり返りましたけど。でもあれは浮気とかそういうもんじゃないし」
「………そうだね」
「ただ」
空になったグラスを置き、暗くなった逸の目が横目に後藤を睨め付けた。
「あの人を傷つけたのだけは許せません」
「ーーーー………」
「本人はなんでもないっつってましたけどね。そんなわけないでしょ」
もっともだ、と思いながら後藤は底光りする逸の瞳を眺めていた。
なんと言うかーーー
「……岩井くんでよかったよ」
自然と口元が綻ぶ。
逸は訝しげに目元を細めるだけだった。
「あいつと一緒にいんのが」
「……?」
逸が更に訝しげに微かに首を傾げると、後藤は破顔する。
「ーー分かんないか。まあいいや」
誘っているようでもなく一人楽しげに笑われて、逸は深追いする気も起きなかった。
敬吾に手を出すのでもなければ、後藤の腹の中などどうだっていい。
それに、後藤の言葉は本当に含みがなく気軽で、もう警戒すべき影は見当たらなかった。
「何か飲むーー、っつうかほんとに酒飲めねえの?」
「飲みませんよ、ろくなことになんないんで」
「それさあ、飲めないんじゃなくてペース分かってないんじゃねーの?」
「え」
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